ミロク経理

先の GoogleMap に示したのが、その会社の製品部署だった。

当時川越市の叔父宅に居留して仕事探しをしていて、偶々目にしたのが、新聞の募集だった。その時は「ミロク経理協会」なる名称だったが、別に法人格の会社名はあるだろうと高を括っていた。当時は(株)ミロクだった。

初出社はどのように会社に届いたかは覚えていない。 その日は金曜日で翌日は第一土曜日で休みだが、会社の運動会だと言われた。

ミロクのバッヂはカタカナ「ミ」をモチーフにしたあずき色の丸型だったが、ミロク経理になった頃は小文字「m」筆記体モチーフの角型であった。

住まいは「仕事が新宿なら、中央線がいいだろう」との叔父の助言で阿佐ヶ谷にした。朝はみんな駅に向かうので、みんなの後を着いて行けば駅にたどり着いた。
しかし帰りはそうではなく、みんなバラバラだ。とうとうわからなくなって駅前交番で訊いた。叔父が言うには「阿佐ヶ谷七曲り」と昔から言ってたそうな。

新宿駅からの道のりには紀伊國屋書店、伊勢丹、末広亭などがあった。
靖国通りを渡った向かいには麻雀荘があって、退社後は麻雀を楽しんでいた日も多かった。

ある時国鉄(現・JR)ストの時には向かいの「たてしな」に泊まったことがあった。
一年半後の岡山転勤の内示も「たてしな」だったと記憶している。

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